最高裁判所第一小法廷 昭和26年(オ)648号 判決 1954年10月07日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
論旨第一点は、商法二八条の場合においては、債務を引受ける旨明確に広告したときに限つてその責を負うものであると解すべきであることは同法二六条との関係からも明らかであると主張し、これを前提として原判決の違法をいうのである。しかし、商法二六条は、譲受人が譲渡人の商号を続用する結果営業の譲渡あるにも拘わらず債権者の側より営業主体の交替を認識することが一般に困難であるから、譲受人のかかる外観を信頼した債権者を保護する為に、譲受人もまた右債務弁済の責に任ずることとしたのであり、同二八条は、譲受人が譲渡人の商号を続用しない場合であるから、譲受人が右のごとき外観を呈することはないから、一般的には譲渡人のみ債務を負担し、譲受人に債務弁済の責任を負わせる必要はないが、特に譲渡人の営業に因つて生じた債務を引受くる旨を広告したときは、譲受人に右債務弁済の責任を負担せしめることとしたのである。されば、右二八条において、譲渡人の営業に因つて生じた債務を引受ける旨を広告するというのは、同条の法意から見て、その広告の中に必ずしも債務引受の文字を用いなくとも、広告の趣旨が、社会通念の上から見て、営業に因つて生じた債務を引受けたものと債権者が一般に信ずるが如きものであると認められるようなものであれば足りると解すべきであるところ、原審で確定された本件広告の内容は、「今般弊社は六月一日を期し品川線、湘南線の地方鉄道軌道業竝に沿線バス事業を東京急行電鉄株式会社より譲受け、京浜急行電鉄株式会社として新発足することになりました」というにあり、ここに「地方鉄道軌道業竝に沿線バス事業を……譲受け」とあるのは、この場合は、右事業に伴う営業上の債務をも引受ける趣旨を包含すると解するを相当とし、また営業譲渡人が営業上の不法行為によつて負担する損害賠償債務が、商法二八条の「営業に因つて生じた債務」に該当すると解するを相当とする。それ故、本件広告の文中には、譲渡人東京急行電鉄株式会社の営業によつて生じた債務を引受けることは明記されていないが、本件債務は右譲渡人の営業上の不法行為によつて生じたものであり、これに関し譲渡人と被上告人等との間に示談の交渉があつたにせよ、未だ示談の成立しない間に、本件広告がなされ、右広告は、営業に因つて生じた債務をも引受けた趣旨と解するを相当とすること上述の通りであるから、営業譲受人たる上告人において、右債務を弁済すべき責を負うべきものといわなければならない。されば所論は採用することを得ない。
同第二点、第三点は事実誤認の主張、同第四点乃至第六点は事実誤認、これを前提とする法令違反の主張(原判決引用の証拠によれば、判示のごとき事実を認定し得られるし、右認定事実によれば、上告人の被用者に過失のあつたことが肯認できる。それ故原判決には所論のような違法はない。)同第七点は単なる訴訟法違反の主張であつて、すべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 岩松三郎)